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東京地方裁判所 平成7年(ワ)7492号 判決 1996年3月19日

原告

中村夏夫

被告

佐々木隆

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自、金七三五万五七七八円及びこれらに対する平成五年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告に対し、各自、金一五三六万二六〇九円及びこれらに対する平成五年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、横断歩道を足踏み式自転車に乗つて横断中、交通事故に遭つて負傷した原告が、自動車の運転者及びその所有者に対し、損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実等

1  本件交通事故の発生

原告は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)に遭い、脳挫傷、左上腕骨骨折、骨盤骨折、腰椎捻挫の傷害を受けた(甲二)。

事故の日時 平成五年三月二九日午後四時一五分ころ

事故の場所 東京都江東区亀戸四丁目一二番七号先(通称蔵前橋通り)路上(別紙現場図面参照。以下、同図面を「別紙図面」といい、右道路を「本件道路」という。)

被告車両 普通貨物自動車(足立四六も三〇五二)

運転者 被告佐々木隆(以下「被告隆」という。)

被害者 原告

事故の態様 原告が本件道路の横断歩道を足踏み式自転車に乗つて横断中、右方から進行してきた被告車両と衝突した。事故の詳細については、当事者間に争いがある。

2  被告佐々木明(以下「被告明」という。)は、被告車両を所有しており、また、被告隆の実父かつ使用者である。

3  損害の一部填補

原告は、自賠責保険から治療費の一部として一二〇万円の填補を受けた。

三  本件の争点

本件の争点は、被告らの責任及び原告の損害額であり、被告らの責任については、主として、本件事故の態様(信号機の表示)が争いになつている。

1  被告らの責任(本件事故の態様)

(一) 原告

(1) 本件事故は、被告隆が前方不注視等の過失により、対面する車両用の信号機の赤色表示に従わず、漫然本件道路を進行したため、折から歩行者用の青色信号に従い、本件道路を横断していた原告に被告車両を衝突させたものであり、被告隆は、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

(2) 被告明は、被告車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、また、本件事故は、被告明の業務中に生じたものであるから、民法七一五条一項に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある

(二) 被告

被告隆は、本件道路の横断歩道に進入する際、対面する車両用の信号機が青色を表示しているのを確認したものであり、本件事故は、原告が通いなれた道を先を急いでいたため、信号の変わり目に横断した可能性が強い。

2  損害額

(一) 原告

(1) 診断書作成料 三五〇〇円

(2) 治療費 三三六万七一二五円

<1> 西村病院 二一三万〇六五五円

平成五年三月二九日から同年五月二二日まで入院(五五日)、同月三一日通院

<2> 水神クリニツク 三万〇四七〇円

平成五年七月一日から同年一〇月八日まで通院(実日数一〇日)

<3> 亀戸接骨院 一二〇万六〇〇〇円

平成五年五月二四日から平成六年二月一五日まで通院(実日数八九日)

(3) 付添看護費 五二万五二四六円

<1> 職業付添人分 四五万三二六四円

平成五年三月三〇日から同年五月一〇日まで

<2> 家族付添分 七万二〇〇〇円

平成五年三月二九日、同年五月一一日から同月二一日まで

(4) 入院雑費 七万一五〇〇円

一日一三〇〇円の五五日分

(5) 得意先、医師謝礼等 三万八四六〇円

(6) 休業損害 七三八万八四六〇円

原告は、個人で印刷業を営んでおり、本件事故前の二年間に平均六八一万八三四五円の年間所得を得ていたものであるが、本件事故により、休業を余儀なくされ、平成五年度四一〇万七四一五円、平成六年度三二八万一〇四五円の収入減となり、右の休業損害を受けた。

(7) 物損等 一六万八三〇〇円

<1> めがね 八万六〇〇〇円

<2> くつ、衣類 五万七五〇〇円

<3> 自転車 二万四八〇〇円

(8) 慰謝料 一八〇万〇〇〇〇円

(9) 弁護士費用 二〇〇万〇〇〇〇円

(二) 被告

原告の損害額、特に休業損害、慰謝料、付添看護費については争う。

第三争点に対する判断

一  本件事故の態様について

1  前記争いのない事実等に、甲二〇の1ないし8、二一、二二、証人斉藤晶(以下「斉藤」という。)、原告本人、被告隆本人、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場付近の状況は、概ね別紙図面のとおりである。

本件道路は、片側三車線の道路であり、片側の道路幅は七、八メートルで、両側で約一五メートルである。本件道路は直線であり、前後の見通しはよい。

本件道路の現場付近には、<1>江東新橋西詰(平井側歩道橋)、<2>フアミリーマート前(ダイハツ前)、<3>宝蓮寺前の三か所に信号機が設置されているが、右三箇所の車両用信号機は、約五秒間隔で連動しており、一方から順に変化していく形式のものであつた。

本件事故当時、別紙図面のフアミリーマート前と、本件道路を横切り、二本の点線で示した横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)をはさんだダイハツ前とにはそれぞれ車両用の信号機(以下「本件車両用信号機」という。)と、歩行者用の信号機(以下「本件歩行者用信号機」という。)とが各一基ずつ設置されていた。

本件事故当日は、風が強く晴天であつた。

(二) 斉藤は、本件道路沿いの会社に勤務しており、本件事故当時、本件道路は通勤等でよく使つていた。

斉藤は、本件道路の信号機が連動していることを知つており、江東新橋西詰の車両用信号機が赤色になつたため、歩いている間に他の信号機も赤色になることを見越して、同図面のセブンイレブン前の歩道から本件道路を赤信号で横断し始めると、間もなく宝蓮寺前の車両用信号機が赤信号になり、すぐに本件車両用信号機も赤信号になつた。斉藤は、本件道路を赤信号で横断することがよくあつた。

斉藤が右方を見て歩いていた際、江東新橋方面の歩道橋の付近に白い箱型の自動車が見えていた。

斉藤が本件道路のセンターライン付近に来たとき、右側でドンという音がしたので振り向くと、自転車と白い箱型の自動車が衝突した本件交通事故が発生しており、本件横断歩道の近くに原告が倒れていた。そのとき、本件車両用信号機はまだ赤信号であり、斉藤が本件道路を渡りおえたときにも赤信号であつた。斉藤と原告との距離は約七、八十メートルであつた。

斉藤が本件道路を渡り始めたとき江東新橋西詰の車両用信号機は赤信号であり、本件道路を渡り切つてから右信号機が青信号になり、車両が動き始めたところであつた。

本件事故当時、本件道路内を動いていた車両は、白い箱型の車両だけであり、他の車両は、止まつていた。

斉藤は、本件事故当時、原告と面識はなかつた。

(三) 原告は、本件事故当日、たまたま仕事が暇であつたことから、自宅から徒歩で五分ほどのところにある保育園に、午後四時からのお迎えのため、足踏み式自転車に乗り、普通の速度で本件横断歩道を渡つた際、横断歩道上の別紙図面の×地点付近において、被告車両と衝突した。

原告は、本人尋問において、青信号を確認して横断した、本件車両用信号機が赤信号になりそうだつたから渡つたのではない、本件事故当時、特に急ぐ理由はなかつた、と述べている。

本件事故当時、本件横断歩道を渡つていたのは原告一人であり、原告は被告車両がどのようにして来たのかの確認はしなかつた。

(四) 被告隆は、本件事故当時、学生であつたが、実父の被告明の送迎等の際、本件道路を通つたことはよくあり、本件事故当日、被告車両を運転し、被告明を迎えに行くため、本件道路の第二車線を時速約五〇キロメートルで進行中、本件横断歩道の脇の駐車車両の影から自転車らしいものが見え、飛び出しが多い場所なので急制動をしたが、原告の自転車と衝突した。

本件事故後、被告隆が本件車両用信号機を見た際には、赤信号になつており、本件道路を被告車両の後方から進行してきた車両が赤信号のため、何台か停車していた。

本件事故の前、江東新橋西詰の歩道橋から本件事故の現場まで被告車両の周囲を走行する車両はなかつた。

被告隆は、本人尋問において、本件車両用信号機は青信号であり、そのとき、進路前方の宝蓮寺の信号機はおそらく赤であつた、本件横断歩道を横断している者は原告以外にはいなかつた、と述べている。

被告隆は、本件事故の刑事事件において、捜査官に対し、当初青信号で本件横断歩道に進入したと供述していたが、その後、赤信号で進入したと供述を改め、業務上過失傷害罪により罰金五〇万円の刑を受けた。

2  右の各事実によれば、本件事故当時、本件車両用信号機は赤信号であり、他方、本件歩行者用信号機は青信号であつたものと認められる。

この点、証人斉藤は、本件事故を直接目撃したわけではないが、その前後の状況をよく認識しており、その内容に格別疑問を挟むべき点はなく、概ねその供述内容を信用でき、原告本人供述はこれと大筋において符合しており信用できるというべきである(なお、被告隆の供述中にも、本件事故の前、宝蓮寺前の車両用信号機はおそらく赤であつたこと、本件事故直後の本件車両用信号機は赤信号であり、停車車両があつたこと、本件事故当時、本件道路を走行する車両は他になかつたこと等が表れており、これらは、本件事故当時、本件車両用信号機が赤信号であつたことを推認させる事実である。)。

3  すると、本件事故は、被告隆が前方不注視等により、本件車両用信号機が赤色を表示しているのに従わなかつたため、生じたものであるから、被告隆は、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

そして、被告明が被告隆の使用者であることは、当事者間に争いがなく、被告隆によれば、本件事故は、被告明の事業の執行につき生じたものと認められるから、被告明は、民法七一五条一項に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任があることになる。

二  損害額

(一)  診断書作成料(水神クリニツク分) 三五〇〇円

甲一九、原告本人により認められる。

(二)  治療費 三三六万七一二五円

(1) 西村病院分 二一三万〇六五五円

甲八、九により認められる。

(2) 水神クリニツク分 三万〇四七〇円

甲一〇、原告本人により認められる。

(3) 亀戸接骨院 一二〇万六〇〇〇円

甲一一、原告本人により認められる。

(三)  付添看護費 四五万九二六四円

原告は、五五日間入院したが、甲二、三、一二の1ないし10、二二、原告本人によれば、そのうち平成五年三月二九日から同年五月一〇日までの四三日間は付添看護を要する状態にあり(右を越える期間について、近親者の付添を必要と認めるに足りる証拠はない。)、その間、原告の妻(同年三月二九日)及び職業付添人(同年三月三〇日から同年五月一〇日まで)が付き添つていたことを認めることができ、原告は職業付添人に四五万三二六四円を支出しているから、右実費相当額のほか、近親者の付添費は一日六〇〇〇円と認めるのが相当であるから、その合計額は、右金額となる。

(四)  入院雑費 七万一五〇〇円

一日一三〇〇円の五五日(甲八、九)分

(五)  得意先、医師謝礼等 二万〇〇〇〇円

原告本人によれば、本件事故のため、医師に対する謝礼として二、三万円を支出したことが認められる(二万円として認める。)が、得意先に対する挨拶回りのための支出が社会通念上、本件交通事故と相当因果関係を有する損害であることを認めるに足りる証拠はない。

(六)  休業損害 二一二万七二一九円

(1) 甲六、八、九、一一、一三の1、2、一四の1、2、一五の1、2、一六の1、2、原告本人によれば、次の事実が認められる。

原告は個人で印刷業(写植、版下)を営んでおり、本件事故前の平成三年度には、収入として七六三万一四〇〇円があり、五三四万八七三九円の利益を得ていたこと、平成四年度には、収入として六〇〇万五二九〇円、利益として三〇六万八九一三円を得ていたものであるが、本件事故により平成五年三月二九日から同年五月二二日まで西村病院に入院したほか、同年五月二四日から平成六年二月一五日までの二六八日間に八九回、亀戸接骨院にリハビリ通院し(平成五年一一月末まではほぼ二日に一回、その後は六回通院)、その結果、体調は事故前の八〇ないし九〇パーセントまで回復したものの、八月いつぱいは左手の骨折の影響で全く稼働できず、九月から一二月までは半分程度であり、その間取引先を他に取られたため、ほとんど仕事がなかつた。

原告は、平成六年からは仕事ができるようになつた。

原告は、平成五年度には、収入として二七一万〇九三〇円、利益として一〇四万〇五九五円、平成六年度には、収入として三五三万七三〇〇円、利益として一七九万〇四四七円を得た。

原告は、平成三年度まで友人と同じ場所に事務所を借りていたが、共同経営をしていたものではなく、それぞれ独立して収支を計算していた。

(2) 右によれば、原告の休損期間は、本件事故日から平成五年三月二九日から平成五年一一月末日までの二四七日と同年一二月以降通院日の六日との合計二五三日とみるのが相当である。

そして、原告は、本件事故前の平成四年度に三〇六万八九一三円の利益を得ていたものであるから、これを基礎として右休損期間中の休業損害を算定すると、次のとおり二一二万七二一九円(一円未満切捨て)となる。

3,068,913円÷365日×253日=2,127,219円

(七)  物損等 一〇万七一七〇円

(1) めがね(甲一七) 八万二三七〇円

(2) くつ、衣類 認められない。

これを認めるに足りる的確な証拠がない。

(3) 自転車(甲一八) 二万四八〇〇円

(八)  慰謝料 一八〇万〇〇〇〇円

原告の傷害の部位程度、入通院期間、その他本件に顕れた諸般の事情を斟酌すると、原告の入通院慰謝料として一八〇万円と認めるのが相当である。

(九)  小計 七九五万五七七八円

三  損害の填補

原告が自賠責保険から治療費として一二〇万円の填補を受けたことは、当事者間に争いがないから、右填補後の原告の損害額は、六七五万五七七八円となる。

四  弁護士費用 六〇万〇〇〇〇円

本件事案の内容、審理経過及び認容額、その他諸般の事情を斟酌すると、原告の本件訴訟追行に要した弁護士費用としては、六〇万円とするのが相当である。

五  右合計額 七三五万五七七八円

第四結語

以上によれば、原告の本件請求は、被告ら各自につき、七三五万五七七八円及びこれらに対する本件事故の日である平成五年三月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 河田泰常)

事故現場付近見取図

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